対談、日本のHRテックを普及するために何ができるのか – ZENKIGEN Lab Report 006
企業に蓄積されたHRに関連するデータを収集・分析して、人事業務の意思決定などに活かす取り組みとして昨今注目を集める「HRテック」。
今回は、ZENKIGENの事業推進責任者の風間とエンジニアの岡島の二人に、ビジネスとテクノロジー両方の観点で、AI後進国を脱却し今後日本でHRテックを発展させるために必要なことは何なのか、海外と比較して日本が優位な面はあるのかといった日本のHRテックの未来について語っていただきました。
目次
日本でも技術投資と人材投資を増やすことが鍵
AI後進国と呼ばれる日本において、何が日本のHRテックの発展を妨げているのでしょうか?
風間:規制の問題や技術革新に対する態度をはじめ、様々な要因があると考えています。
まず制度面にフォーカスすると、日本では雇用助成金を多く用意するといった“雇用の継続を維持するための政策”がメインになっています。
その反面、アメリカでは失業者に対する補助金など“失業を補助するための政策”がメインになっており、何か生じたときに経営者が身軽になれるという点がマクロで見たときに大きく違うと思っています。経営者が身軽になれると技術投資ができるようになるからです。
こうした制度面の背景もあり、日本は技術投資が創出しづらいという事実があります。実際にバブル崩壊後、日本はITの設備や技術投資への金額が激減しており、効率化が進まず生産性が上がっていない状況にあります。この状況を打開するには、技術投資に対するインセンティブ設計を行うといった制度を整える必要があると思います。
次に企業のあり方として、アメリカでは3年程度の長期間でのROI(費用対効果)を見ることが多いですが、日本は単年度予算主義の企業が多く単年度でのROIを求められてしまうため、人材投資に対する予算の創出も難しくなっています。
2018年からグローバル、特にアメリカではHRテックに対する投資が進んできました。現在では5300億円を超えており、投資金額は大きく突き離されてきています。しかし、日本が遅れているというよりもアメリカが進みすぎているという印象ではありますね。近年勢いのあるインドやドイツから遅れをとらないよう、これから変えていく必要はありそうです。
なぜ単年度予算だと人材投資に対する予算の創出が難しくなってしまうのでしょうか?
風間:単年度予算だとシステム導入のROIしか見れなくなってしまいます。そして数年後のゴールイメージが会社の経営戦略と紐付いておらず、結果的に動きにくくなってしまうケースが多いです。
さらに人材に投資をする文化が日本にはないですね。アメリカは人材投資額が日本の10倍多いんです。日本でも人材を資産化しようとする動きが出てくれば、単年度予算主義が変わっていくのではないかと思います。
岡島:そうですね。アメリカはIT人材にしっかりお金をかけていて、そのようなIT人材が各企業にいる割合が日本に比べて圧倒的に多いです。社内にデータがある且つ社内にIT人材がいるといった環境が整っていたら、自ずとデータ活用も進みます。そういった流れや前提の上で、外部サービスやスタートアップもアメリカは強いのでどんどん活性化しているという感覚があります。風間さんの話を聞いて納得感がありました。
単年度予算ではなく、3年後どうなっていたいかといったある一定期間でのゴールイメージを持って予算を決めることが、まず日本企業でも1つ取り入れられそうな方法ですね。
「開かれた人事」の一般化で変わる分析への流れ
他の側面からの要因はありますか?
岡島:社内にデータがあるという文脈からデータ量の側面に繋げて話すと、過去の紙のレジュメなどは社内にあるもののデータ化されていないので、そこから何も分析できないというところから始まってしまっています。また、給料のみで人材を評価せざるを得ない状態からだと人の中身は見えてこないように、数字だけとってみても何も見えてこないというのもあります。
このようにHR領域はデータ化されていない情報やデータ化しにくい情報が多いです。圧倒的にデータ量が足りないなというのが所感です。さらに、元々HR領域は会社内でしかデータが存在していなかったので会社の枠を超えた人材データの交流がないんです。
だからこそZENKIGENが発信しているように、今後「開かれた人事」がもっと一般化されれば、企業間での情報流通を含めて1人1人の扱える情報量が増えていくことで分析しやすくなると思っています。非構造データを分析できるといったAIによる技術革新と同時にデータ量がどんどん増えることで、その技術力と情報を使ってサービスを作っていく流れがきており、今まさにスピード感のあるスタートアップが取り組み始めたという感覚です。
社内にデータが閉じている状態だとアメリカのように社内にIT人材がいないと分析に取り組みづらかったけれども、徐々にデータがオープン化されていく中で日本のスタートアップも取り組める範囲が広がっていくということですね。 データをオープン化していく際の障壁はありますか?
風間:まだ日本では貧弱なデータがあるという状況なので、オープン化する前により良いデータにしていくことやデータ基盤を構築していくことが必要になります。言葉でいうのは簡単ですが、データソースの深さと幅が凄くあるので色々なステップを踏まないといけないと思っています。データのオープン化は、まだまだ先の話になるのかなと感じています。
さらにデータ基盤を構築した後には、分析できるだけではなく意思決定に使えるものにしなければならないので、自動化や可視化(比較)の方法についても考えなければなりません。その先の予測まである程度できるようにしたいとなると、気が遠くなるくらい色々と取り組まなければならないですね。
日本はAIの導入や活用に関して、そこまでアレルギーはなく障壁は少ないと思っています。実際にある調査データで、日本の就労者はアメリカに比べてAI導入に対する心理的障壁はあまりないという結果が出ていました。活用する上でのガイドラインを作ることや倫理的な説明責任を果たすことが大事かと思います。
パッケージ製品にアジャストしていく文化も重要
風間:岡島さんの言っていた社内にエンジニアがいないという観点だと、SIerが高度人材を確保していることもあり、日本はSIerの影響が大きいと思いますね。転職市場をみるとSIerから事業会社に移る流れも増えてきてはいますが、まだ足りないと思いますね。
なぜ事業会社にエンジニアが集まらないのでしょうか?
岡島:鶏が先か、卵が先かの話になってしまうかもしれませんが、日本では企業内部にいるエンジニアの人数が少ないから働きにくいという側面もあると思います。人がいればそこに集まってコミュニティが形成されるはずですが、現時点はまだ少ない感覚です。
風間:あとは、やっぱり基本的に投資額が足りないんだと思いますね。景気回復しても労働人口が足りないという構造は変わらないと思います。
だからこそ、日本はもっとIT投資と人材投資を増やさないと未来がないなと感じますね。
非エンジニアでも扱えるツールで分析を進めるという選択肢で進めていくのは可能性としてありますか?
風間:先にその流れがきているマーケティングの領域を見ていると、ノーコードだとしてもある程度のリテラシーがないと結局使えないと感じています。最終的には人事もある程度のリテラシーを身につけていく必要はあるとは思いますが、まだツール自体も発展段階で裏側のデータ基盤も広がっている最中だと思っています。
人の側面でも技術の側面でもまだまだこれからかなと思いますね。
岡島:そうですね。ノーコードという切り口でいうと、パターンを作っておいて選ぶパターンとコードのサジェストから選ぶパターンの大きく2つに分かれると思っています。
どちらにしてもロジカルな思考能力や頭の中で組み立てる力が必要になります。利用者側のリテラシーが求められる状態だと一般化はされにくいですが、仕様に則ってコードを書けるだけでは意味がなく、アルゴリズムを考えられないといけないといった開発者の価値が問われているタイミングでもあるので、これから発展していくとは思います。
とはいえ風間さんと同じくまだまだこれからだと思いますね。
風間:あとは、HR領域はカスタマイズ性が高いですよね。そういった面でもハードルは高いかもしれないですね。
岡島:HR領域のサービスはカスタマイズ性が高いので導入に戸惑うことが多いです。特に日本だとカスタマイズして上にどんどん新規の追加要件を重ねて費用がかさむといったケースが多く、パッケージに寄せるやり方ができていないというのもありますね。
海外でパッケージ製品が流行っている背景としては、パッケージにアジャストしていく文化があるからです。パッケージありきで自分たちの制度や仕組みを変えて生産性があがれば良いよねというROIを意識した考え方があります。
システムにアジャストしてオペレーションを変えたほうがROIが高くなるというのはありそうですね。
年功序列の仕組みで日本流のHRテックも形成できる
逆に、日本がHR領域で優位な面はありますか?
岡島:日本が優位な面は、年功序列によってピラミッド構造やポスト管理ができていることです。冒頭で風間さんから日本は雇用の継続維持を重要視しているという話が出ていたと思いますが、Employee Life Time Valueで考えると日本は横軸が長いということになります。
古くからあるレガシーな企業ほど年功序列で並んでいて且つうまくピラミッド構造の仕組みができているので横軸が長いのです。若い人たちから見ると上のポストが詰まっているという負の側面もありますが、会社が継続的に運用していく上では悪くはないと思っています。
タレントマネジメントの領域で優秀な人材を定着させるための施策として「サクセッションプラン」という言葉が確立されていて、アメリカでは後継者管理をするための製品が売られています。日本は年功序列によって、サクセッションプランが必然的にできているんです。
サクセッションプランに限らず、昔から日本で取り組んでいたことを体系立てて何らかのサービスとして提供できれば、実は意外と製品化して販売できるのではないかと思っています。
風間:持続可能な雇用機会を提供するというのは国際労働機関(ILO)でも打ち出されているので、各国の事情にアジャストしていけば可能性はあると思います。例えば、私が在住しているベトナムの企業では高い離職率が1番の課題となっています。そういうところも鑑みると、長く働いてもらいたいニーズはあるはずなのでソリューションとしてはありだと思います。
一方で、新卒一括採用で定年までという終身雇用に繋がっていくので、多様性や企業の変革を考えると横からポスト型をいれてミックスにしていくのがちょうどいいのかなと思います。最近批判されることが多いですが、日本の採用のやり方が一概に悪いという風には捉えてないですね。
日本では中小企業も含めたサービス設計が必要
日本は人材不足の中、どのようにHRテックやHRテックを進めていくべきでしょうか?
風間:人手不足で倒産している企業も出てきています。そもそもいい会社を作らないと人は集まらないし人は定着しないというのは、今後も変わらないと思います。日本は人手不足によって、人にどう活用してもらうか、どういった教育機会や体験を提供するか、どうパフォーマンスを最大化してもらえるかといったところを深掘って向き合いざるを得ない状況になるはずです。
どちらかというと人口が多い国は、離職率が課題とはいえ若手の人口がすごく多いので、募集をかけると人は集まります。日本よりはインセンティブが強くない気がしていますね。
日本はインセンティブの圧力が大きくなると思います。
人材不足だからこそ、DXや働き方改革などのトレンドは名前を変えて残り続けていますよね。
風間:2030年には400万人不足すると言われているので早く実行に移さないといけないですね。日本は中小企業が多いので、大企業だけでなく中小企業までどうやって波及させていくのかが難しいです。安くて良いサービスをちゃんと届けることから始めていくしかないのかなと思っています。パッケージにアジャストしていく話がありましたが、プロダクトによって、行動を変え、思考を変えるというように、最終的には変わらないかなと思います。
逆にエンタープライズは、このまま導入が進んでいくと思いますか?
風間:エンタープライズは進めざるを得ないし、進める体力があると思います。ただ、日本全体を考えると、中小企業まで広めないと意味がないですね。
岡島:技術面でいうと、各領域でそれぞれのサービスを組み合わせてシームレスに企業間で連携するといった「エコシステム」が流行っています。1つ1つやっていたらキリがないので、エコシステムが使える中小企業が増えるといいなと思います。もっと簡単に導入できるようになると良い未来が見えてくると思いますね。
中小企業向けにどのようにサービス設計すると良いのでしょうか?
岡島:中小企業の共通したニーズを拾っていくのではなく、作っている側が中小企業としてはこう使ったほうが1番効率的な形ですと明示して提供できると、社会全体の効率が上がることに繋がると思います。
風間:まずはエンタープライズ向けに開発して、その中から答えをみつけていくのかなという感じがしますね。最初から中小企業に合わせるとカスタマイズが必要なケースが多くなるので何も作れなくなってしまいます。
岡島:一方でエンタープライズの声が大きいことで製品の成長が歪んでしまうケースもあるので、いかにバランス良く拾って開発するかはサービス提供側として難しいところですね。
すべての人が仕事を楽しめる世界に
最後にZENKIGENとして、HRテック領域で何を変えていきたいですか?
風間:プロダクトの在り方や活用の仕方は色々あると思いますが、まず仕事を豊かにしないと人の人生は豊かにならないと考えていて、仕事を豊かにするためのプロダクトやサービスを作っていきたいです。長時間働いている時間が不幸せな時間というのは誰が考えてもよくないと思っています。ずっとHR領域に関わっている身として、そこにライフワークとして関わっていきたいと思いますね。
岡島:同感ですね。自分の人生なので楽しく生きたいじゃないですか。ただ生きるために働かないといけないというのは変わらない事実だと思っています。起きている時間のうち半分は仕事をすることになると思うので、仕事を楽しめないと人生を損してしまいます。そこを変えたいというのは風間さんと一緒ですね。そのために今後どういうサービスを作っていくか、提供できるかを考えていければと思います。